第1回 自然育種園と歩む喜び

中川原さんの自然育種園 夏の一コマ

 

概要
1. 「共に育つ自然育種園」のはじまり
2. 溝のふしぎ
3. 種まきと育苗
4. 道具の工夫

 

1. 共に育つ「自然育種園」のはじまり

 私が長年の夢だった一反百姓を始めたのは2015年からです。10aほどの農地を借りることができたので、定年退職を契機に本格的に野菜の自給に取り組んでみようと思ったのです。機械や農業資材を使わずに無理なくできるやり方を考え、鍬や鎌などの農具だけでできる、自然農法センターで取り組んできた草生栽培をベースにしました。草生栽培は主に果樹栽培に取り入れられている方法で、イネ科の牧草を下草に生やし、それらの根を利用して農地の土壌を管理します。生えたままの草には、土壌流出を防いだり有機物を補給したりする働きがあります。これまで草生栽培で野菜の育種をしてきて学んだことは、肥料、農薬を使わず耕さない自然な栽培では、収穫量は少ないけれども、病害虫の発生が少なく、野菜の根張りが良くなり味や日持ちがよく、タネの寿命が長いことです。せっかく野菜を自給するなら生命力の強い野菜を育て、タネも育種して、栽培と育種が一体となった自給菜園「共に育つ自然育種園」をめざしました。

 借りた農地は、当初から多年生牧草のオーチャードグラスと雑草が混在した草地でしたので、このまま草生畑にするため1m幅の短冊状に草を剥いでこれを畝とし、隣は牧草を幅1m残して、畝と牧草の区画が交互になるように整えました。畝と牧草の幅は従来と同じですが、さらに区画の境界に溝を切るという新しい試みをしました。これまでは刈った草は敷草にしていましたが、風で飛ばされたりしてなかなか畑に蓄積しませんでした。そんな時にヒントになったのが、窪地に吹き溜まった落ち葉の下にふかふかした腐植土ができていることです。これを畑に再現すれば、畑の中で自然に腐植土が作られ、外から有機物を持ち込まずに畑の植物だけで土を肥やすことができるのではないかと考えました。

  • ①オーチャードグラスと雑草に覆われた草地

 

2. 溝のふしぎ

 そこで区画の境界の牧草側に幅15㎝の溝を切り(深さ15~20㎝)、草生の刈草だけでなく株周りの除草した草や前作を片付ける時に出る野菜残渣、タネが着いてしまった雑草も、大事な有機物として踏み込んでいきました。溝のそばから出る有機物をそのまま入れるので有機物を運ぶ手間もかかりません。溝の中は有機物が溜まって土が乾燥しにくいためミミズや土壌動物が棲みつき、腐植土をせっせと作ってくれます。1年かけて溝の底にできた腐植土は、翌春、鍬で掘り上げて畝の上に広げます。

 

  • ①畝上に残した、前年の野菜や雑草の残渣

 

 このように畑でつくられた有機物を腐植土にして畝の表面にもどす有機物の循環を実際に目で確認できるようになり、畑の生き物すべてがこの循環に関わっているということを実感することができました。溝に溜まった有機物の下にはキュウリの根が密生している様子が見られ、溝に近い場所の牧草も青々としています。溝に入れた野菜残渣の中からは自然生えしてくる野菜が多く、そのまま何年も雑草のように自生するものも現れてきて、自律して生育する野菜が自然に育っているのに驚いています。これらの自生野菜はなぜか固定するのが早く、この中から有望な品種の候補も生まれてきています。
 浅く幅の狭い溝なのに、野菜や草だけでなく土壌動物にとっても好環境のようで、それまであまり見かけることがなかったカエルの個体数も増えてきました。このように溝は生き物のオアシスのような場所になっているようです。この溝の重要性がだんだんと分かってきてからは、この溝を生かし発展させるような栽培管理や野菜の育て方を工夫するようになりました。
 例えば、草生の草は定期的に刈り取って株元に敷いていましたが、浅根になりやすいことから、現在は敷草をやめ土をむき出しにしています。裸地に生える道端の草は小ぶりでも畑よりも抜きにくく、根が強く張っているのがよく分かりますが、これは作物でも同じではないか、裸地にした方が養水分を求めて根がよく張るのではないかと考えたからです。果菜類の仕立て方も根張りを考えて株間を広げて支柱を増やし、無整枝にして枝を自由に上方に伸ばすようにしてからは、スタミナが落ちず長く成り続けるようになりました。

 

3. 種まきと育苗

 種まき方法については、ウリ科の果菜類は巣まき法(一か所にたくさん塊にして播く)にしてその中から最も勢いの良い(根張りが良い)株を残します。これは自然生えの野菜が適期よりも早い厳しい時期に塊になって発芽し、厳しい環境下でうまく成長しているのを参考にしました。一方、ナス科の果菜類は育苗期間が長いので日だまり育苗にしています。この育苗方法は、まだ播種適期より最低気温が低い時期に日当たりの良い場所からトマトが自然生えし、早くから実を着けるのを見習ったもので、日中はテラスの日だまりで育苗し、気温が低い夜間は玄関内に移します。育苗用土には、溝から掘り上げた腐植土の混じった畝の表面の土を利用します。日だまり育苗で育った苗は、じっくり成長してコンパクトな姿となり、根量が多く定植後の活着も早いのが特徴です。野菜にとって競争相手が多く、自力で養水分を求めなければならない草生栽培では、自律して生育できるタネを育てることが最も重要です。そのため選抜するときは、遅くまで果実が成り続けた(タネを多く残した)株がタネ採り候補となります。

  • ①夏作準備の畑

 

4. 道具の工夫

 機械を使わない草生栽培で重要なのは、草刈り、草剥ぎ、溝切りに使う農具です。片手で刈る鎌では広い面積を刈るのに時間がかかり腰も痛く重労働です。そこで林業で使われる造林鎌のように両手で持って立った姿勢で刈れる大鎌を考えました。長野県信濃町に信州鎌の組合があり相談したところ、現在では使われていない刃渡り30㎝で薄刃のよく切れる大鎌を紹介されました。これをもとにして刈りやすいように鎌の角度を調整してもらい、立ってできるように長い柄を取り付けました。総重量800gほどととても軽いので、作業効率が向上しただけでなく全身運動になり体力維持にも役立っています。鍬は草剥ぎに適した幅が狭く厚みのあるつるはし形の十字鍬を使っています。これも従来のものより柄を長くして腰を曲げずに作業できるようにしました。

  • ①大鎌による草生草刈り

 

 このように自然育種園の農作業は試行錯誤を繰り返しながら、現場にあったやり方を工夫し見つけ出す喜びがあります。次々と作業を省力化し、畑に適したタネが育ってくると、農作業がより楽しいものになり、野菜に本来備わっている自律する力が蘇ってきて野菜の生育が徐々によくなってくるのを感じています。次回よりこれらの取り組みを詳しくご紹介していきたいと思います。

 

大鎌のご注文については、【小林与一商店 026-255-2001】までお問い合わせください。

 

秋野菜の畑

 

第1回 自然育種園と歩む喜び
第2回 無施肥・不耕起の草生栽培
第3回 自然が苗を育ててくれる
第4回 野菜が自由に育つと個性が現れる
第5回 野菜は自生、交雑によって進化する
第6回 2023年夏の猛暑を乗り越えた野菜たち

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