自然の森や草地の土が不耕起でもふかふかしているのは良く知られていますが、野菜の畑はどうでしょうか。人間が耕耘しなければ柔らかくはならないものでしょうか。
試しに収穫期に達した初夏どりのリーフレタス1株を収穫せずにそのまま畑に置いてみましょう。レタスはやがて大株になり、7月には抽台(とう立ち)してきます。その過程で株元には、古い葉が落ち、それが腐るときには周囲の雑草が一緒に枯れていきます。すると枯れ葉を餌にしているミミズやヤスデなど土壌動物が集まり、株の周りに有機物に富んだ栄養豊かな土が出来てきます。9月か10 月にはレタスの株が倒れ、タネが落ち、初冬にはレタスの小群落ができています。例えばレタス1株であっても、自然には土を豊かにし、より多くの生き物を育てようとするベクトルが存在していると言えるでしょう。
さらによく観察すれば、レタスの小群落には雑草があまり生えず、翌春の雑草の構成にまで影響を残していることが分かります。作物には自然の仕組みを活用し、自律的に生育する仕組みがあり、また作物の生育そのものが、土壌や周囲の環境を改変していく力を持っているといえるでしょう。
このような作物が生育する仕組み=作物の生活の智慧を農業に生かすことを心がけていけば、野菜を健康に育てる道筋、自然に土を肥やしていく方法が見えてくるのではないでしょうか。耕起や畝たてなどの人為的な働きかけそのものを否定するのではなく、畑で野菜達の見せてくれている姿に学び、どうしたら野菜の生活力を高めることができるかを試行錯誤していくことが大切です。
肥料や農薬・資材の種類で農法や技術を区別したり、マニュアルを取り替えるだけでは、自然の仕組みを生かす勘所はつかめないでしょう。化学肥料や農薬を「使わない」ではなく、「要らない」という農法を目指すことが大切です。
野菜の生育のしかたを見ると、人間の成長過程と似たところがあります。作物の一生は下図のように4つの時期に分けて考えることができ、野菜の種類によって利用しているステージが異なることが分かります。(参考:下図)
幼苗期(幼年期)は生長が遅いですが、伸長期(少年期)になると急速に伸び始めます。茎葉繁茂期(青年期)が最も若々しく勢いがあり、着果肥大から成熟期(中老年期)は子育てから次世代の生活の場の準備期です。幼苗期から伸長期は、人間の子供と同様に環境の変化に最も敏感で、将来の草姿が決まり素質がつくられる大事な時期です。茎葉繁茂期(青年期)以降は、自立して自分の力で生育する時期です。
野菜に自立する仕組みがあるとすれば、私たちは、それに見合った育て方をしなければいけません。しかし今主流となっている野菜栽培には、野菜を自立させるという考え方はありません。むしろ野菜に勝手気ままに生育されたら栽培にとって都合が悪いと考え、人間が与えた肥料を直接吸わせ、収量が上がるように生育してくれるのを理想としています。肥料をたっぷり与え、除草剤で雑草との競争をなくし、病気にならないように頻繁に農薬散布をして、タネまきから収穫まで人間の都合に合わせて管理する栽培になっています。
野菜の持って生まれた仕組みを無視した一方的な栽培、野菜の自由を許さない管理では、野菜がストレスを起こすのは当然でしょう。ストレスが日常化し、自立の仕組みが発揮できないと野菜の活動(生理代謝)が弱まり、内容(味)は薄くなり、病気を招き込むことになるのです。
野菜に対しても、人間と同じように、いつかは自立して生計を営むものという見方をしてみましょう。そうすると自ずと栽培の方向が見えてきます。人間は幼年期から少年期に育った環境が、その人の生き方に大きく影響するといわれています。農業の世界でも、昔から苗半作から八分作と言われてきたように、幼苗期から伸長期が大事です。この期間に野菜が素直に伸び伸びと生育するようならば、栽培は七割がた成功と言えます。野菜が自立した後は、野菜の思う存分の働きをさせることが栽培の基本です。
野菜を自立させるためには、まず植物の日常の活動を理解しなければなりません。
植物は発根したり、根から養水分を吸収したり、茎葉をつくり開花結実したりする活動のエネルギー源を、水と炭酸ガスを原料として、太陽エネルギーを使って作り出します(光合成作用)。植物は光合成によって太陽エネルギーを化学エネルギーに変換し、デンプンや糖(炭水化物)を始め、アミノ酸やタンパク質など生活に必要な全ての成分を合成しています。動物は植物を餌とすることによって、間接的に太陽エネルギーを摂取しているわけです。
動物が食べた食料をエネルギーとして活動することは、呼吸作用によって炭水化物や脂肪を体内で消費するということですが、植物も光合成で作られた炭水化物を、根や茎葉で消費して活動しています(植物の呼吸作用)。
動物は食料を探して動き、食べて、動くためのエネルギーにするという生活をしていますが、同じように植物も食料を獲得するために根を張り、茎葉を伸ばして体を大きくし、それによって食料確保(光合成を拡大)するという活動をしていると考えれば良いでしょう。根が深く広く張った根張りの良い生育は、汗を流し身体を良く動かしていることに当たります。
生育初期に、根を張る→養水分確保→光合成増大→もっと根を伸ばす→もっと養水分確保・・・という生活習慣が身に付けば、自力で土の中の養水分を吸収する能力が高まります。
まずタネまきの時期が重要です。運動能力が低い幼苗期に体を動かすためには、温度条件や水分条件が充分に確保されていなければならないからです。春まきで早まきしすぎると気温や地温が低いため、食料を摂取できず、いじけた生育になります。また初期から窒素肥料を与えすぎると、体内で窒素成分がだぶつき、地上部だけが生長して根が張らない肥満体になります。このような生育になると常に肥料を要求する弱々しい体質になります。
野菜を自立させるためには、幼苗期から伸長期(幼年期から少年期)に、よく食べ(光合成)、よく遊ぶ(呼吸作用)習慣をつけさせることが必要です。身体を良く動かすほどご飯が美味しくなるという学習をさせ、ご飯をたくさん食べてたくさん身体を動かすという習慣をつけさせます。ビニール等による過度の保温や、多肥・多灌水で育てることは、運動不足やおやつの食べ過ぎと同じで、野菜を軟弱に育ててしまいます。
整枝は通常草勢を調整して実が着くようにするために行いますが、新芽や葉の数が減れば根の活動は弱まります。整枝を前提にした密植栽培は、野菜が根を伸ばそうとしているのを抑え、自力で養水分を集める能力を制限してしまいます。密植栽培は多肥+整枝によって成り立つ栽培方法です。例えばウリ類では、施肥量を減らし、ゆとりのある栽植密度にして、無整枝栽培とした方が、自然に葉と実と根のバランスのとれた生育となります。
本来整枝とは無整枝にした場合の草姿を基本とし、作物に合わせて生育を調整するための補完・修正の技術であるべきです。無整枝放任の草姿を基本にし、最も安定した生産力を維持できる整枝方法「自然形仕立て(自然形整枝)」を目指すことで、品種特性は最大限に発揮されます。
自立のための素養が芽生えても、巣立つ環境が整っていなければ自立することはできません。野菜にとって最適環境とはどのようなものでしょうか。
生態学者の宮脇昭氏は、著書『植物と人間』の中で、野草達が育っている環境は、自分の生理的最適地より、むしろ一歩下がった何とか生育できる生態的最適地域で、お互いに競争し我慢させられながら、生活の場を住み分けて共存していると述べています。これは、植物の強さはやや不良な所で頑張っているときにこそ発揮されるという見方ですが、自然農法種子の育成過程にも、同様の現象が観察されました。
育種素材になっているのは、市販品種や在来種ですが、肥料を施さず不耕起草生という野菜にとっては過酷とも思える環境で選抜を繰り返すことによって、元の品種よりはるかに強いタネが育ちました。
畑の中に様々な生き物たちの生活の場があり、野菜もその一員になることのできる環境、これが野菜にとって自立できる環境と言えるのではないでしょうか。
自然農法種子は自立する力をつけるために後述の図に示した栽培環境で育成しています。
育成期は外部からの有機物の投入を極力控え強い根を育て、自立期は敷き草、草生や麦の輪間作によって野菜が働ける環境を作ります。
この自然農法の種子の持つ自立心が発揮するには、栽培者の育て方と栽培環境に大きく影響されます。同じ品種でも栽培者によって姿は異なり、栽培者の考え方が野菜の生育を通して現れてくると言ってもいいでしょう。
栽培方法は気候条件、土壌条件や経営方式によって異なりますので、その地域・畑に合ったやり方を取り入れることがベストです。
大事なことは自然農法の種子が育った環境からすれば、根の活力を最大限に発揮させる(肥料に頼らず自力で働く力を養う)ことを栽培の目標にしていただきたいと思います。
共通する要点を下記にまとめました。また野菜に音楽を聞かせたり話しかけると生育が良くなるという話がありますが、こまめに手入れをしてあげる心の要素も大事ではないかと思います。
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