公益財団法人 自然農法国際研究開発センター 公益財団法人 自然農法国際研究開発センター

第5回 野菜は自生、交雑によって進化する

カブを引っぱるチビッ子たち

 

概要
1. 自生野菜を品種育成に生かす
2. キュウリ「さやみどり」の育成
3. カボチャ「冬粉粘」の育成
4. ピーマン「自生立性P系」の育成
5. 共に育つ自然育種園

 

1. 自生野菜を品種育成に生かす

 自然育種園をスタートするとき、自給用に播く野菜品種の育成も始めました。野菜の育種をするためには、ある程度の株数が必要です。植え付け株数を多くする程、良い個体の出現確率が高まるからです。しかし、自然育種園の限られた面積で多品目の野菜を育種するためには、手間と労力を必要とします。そこでお手本にしたのが、自生野菜たちです。私はこれまでに、野菜を自生させるとスイッチが入ったようにたくましくなり、自力で生育するのを見てきました。自生野菜は雑草と競争しながら育ち子孫を残すために、根張りや草勢を強くしなければなりません。そのために、たくさんこぼしたタネの中から遺伝的多様性のある強い個体が自然に勢力を伸ばし、タネを多く残します。時には自然交雑して新たにパワーアップした子孫(タネ)に進化を委ねます。普通、野菜の品種は人間本位に育種しますが、自生野菜は自らが環境に適応するように変異し、生命力の強いタネを育てているのではないかと思っています。自生野菜たちが見せてくれる生き残るための知恵や、栽培者にアピールするような変異の仕方に、これまで驚かされることが多くありました。自然育種園のような無施肥、不耕起、草生の条件では、自立力のある自生野菜の存在が品種育成に大いに役立っています。その中で、これまでに育成した代表的な品種をご紹介します。
 

遺伝的多様性とは
遺伝的多様性とは同じ種でも形・色・模様・性格・整体などに多様な個性(個体差)があることからわかるように、遺伝子に違いがあることです。人間をはじめ、ほとんどの生き物が同じ種の中でも遺伝的多様性から、様々な個性をもって生まれます。

遺伝的多様性は
◎遺伝子型の多様性(個体の遺伝子構成の多様性)
◎遺伝子プールの多様性(個体群の遺伝子構成の多様性)
この2つの多様性を合わせたものです。

遺伝的多様性が存在するメリット
遺伝的多様性は、より良い遺伝子を子孫に残すために、さまざまな個性の異性の中からパートナーを選んだり、トラブルに遭遇してもそれぞれの個体が多様な反応で対処したりすることにより、一様に死に絶えてしまうリスクを低減しています。また、遺伝的多様性は生き物の進化やその多様性を支えるものでもあります。たくさんの個性の中から、より環境に適した個体が生き残り、子孫を残すことが繰り返されることによって、その特徴が固定化され新たな種を生み出すなど、種多様性の豊かさにも深く関係します。遺伝的多様性が豊かな個体群の中では、その生き物の中でもよりその環境に適合した個体が子孫を残しやすくなります。より豊かなパートナーの選択肢の中から子孫を残すことができ、その結果としてその環境で淘汰されるリスクを個体全体として低減することができます。

引用元:遺伝的多様性とは?メリットと失われると困る理由、身近な事例を解説

 
 

2. キュウリ「さやみどり」の育成

 2016年、自然育種園を始めて2年目の春のことです。まだ作付けしていない畝の片隅で一株の自然生えのキュウリを発見しました。この辺りは前年に自生していたキュウリの果実を埋め込んだ場所で、おそらくその果実から自然生えしてきたものと思われました。その自生キュウリは、以前に育種していた圃場で何年か自生していたもので、絶えてしまうのが惜しくて自然育種園に移し自生させたものです。

 この自然生えのキュウリに着果した果実を見て、その光沢の素晴らしさに驚きました。「テカテカキュウリ」と名付けたその果実は、ツヤのある濃い緑色でよく目立ち、「どうだー!」と言われたような気がしました。太く短いずんぐりした形をしており、肉質はやや硬く、食べてみて「何だ、こりゃ!」とまたびっくり、甘いのです。キュウリに甘さを強く感じることはなかなかありませんが、突然目の前に現れたこの見慣れないキュウリの果実と食味に、たちまち育種欲が湧き上がってきました。さっそくタネを採り翌年栽培してみたところ、形質にばらつきがなく、うどんこ病に耐病性があり、淡緑色小葉(こば)のスッキリした枝成り型草姿です。果実の太りも早く、私の好みを知っているのではないかと思えるような個性的キュウリなのです。さっそく「テカテカ系」という系統名を付けましたが、残念なことにこの「テカテカ系」は自然育種園で栽培するには草勢が少し弱く、さらなるパワーアップが必要でした。

 なんとか生かすことができないかと考えていたところ、ちょうど「自生長果系(じせいちょうかけい)」という自生から選抜した系統がありました。この系統は肉質が硬く食味に難点があるものの、病気に強く強勢で果実が長いという「テカテカ系」とは対照的な特性があり、「この系統とテカテカ系を掛け合わせみたらどうなるだろう」と思いました。さっそく「自生長果系」をメス親に、「テカテカ系」をオス親にした交雑種を3年試作してみたところ、両親それぞれの系統の長所がうまく交雑種に受け継がれているのを確認できました。果実は濃緑色のスラッとした中長果、「テカテカキュウリ」のような光沢と甘みがあり、「自生長果系」から受け継いだうどんこ病・褐班病の耐病性がありました。草勢は中位、実の太りが早くスタミナがあり、長期間収穫できるので自給野菜に最適でした。この交雑種は、果色が冴えた緑をしていることから「さやみどり」と呼ぶことにしました。両親系統の欠点を子世代で克服できたので、自給野菜に利用しながら、「さやみどり」を自生させて、今後次世代がどのように変異していくのか見ていくのも楽しみです。

 これまで自生する野菜は環境に適応し、生育に有利な方向に変異するものと思っていましたが、「テカテカ系」や「自生長果系」に巡り合い、「自生野菜が栽培者の気持ちを察しているのではないか」と思えるような方向に変異することもあるということに驚いています。

 

系統について
私は野菜のタネを育成するとき、雑種の柴犬のように外観がよく似ていれば、多少の違いは個性とみて、簡単に判別できれば形や質をあまり揃えすぎないように心がけています。
そこで、雑種集団から選抜を続けて、ある程度形や質が揃ってきたところで、遺伝的多様性を保つように個性の少しずつ異なるいくつかの系統をまとめて一つの集合とし、品種になる前段階として「系統名」をつけています。系統内の個体間では自由に交配させます。

 

  • 自生するテカテカキュウリ

 
 

3. カボチャ「冬粉粘」の育成

 栄養満点で長期保存もできるカボチャは、野菜が不足する冬に食べられる貴重な自給野菜です。自然育種園では、春まで貯蔵しても美味しいカボチャを目標に、品種育成に取り組んできました。

 育種素材にしたのは、濃厚な食味でうどんこ病耐病性と貯蔵性のあるF1種です。この後代から選抜した系統を冬の期間中に食べ比べて、美味しい個体から採種、栽培を繰り返し、5年目頃から形質が揃ってきました。この系統は濃い橙色(だいだいいろ)の果肉色、粘質で甘く、茹でるだけでも濃厚な味とコクがある粘質系です。しかし、年が明けた頃から果実の腐敗が増え始め、1月いっぱいが貯蔵の限界でした。3月まで保(も)つカボチャにするためには、より貯蔵性の高い系統と交雑させる必要があります。これまでに育種した系統の中には、3月まで保つ極粉質系のカボチャがありましたが、デンプンが多く硬い果実で熟すのに日数がかかるため、収穫して2ヶ月は美味しくないという欠点がありました。

 そこで、この極粉質系と粘質系を掛け合わせて交雑種にすれば、両系統の欠点が補えるのではないかと考えました。そして、極粉質系をメス親に、粘質系をオス親にした交雑種の果実を、小さく切って味付けせず茹でるだけにして9月から翌年の4月まで食味調査をしました。3年間調査した結果、収穫後1〜2ヶ月が極粉質、冬至頃までは粉質と粘質がミックスした粉粘質になり、徐々に甘みを増し、年明けから4月まで粉粘質から徐々に粘質に変わり、過熟による品質低下や腐敗果が少なく、長期間美味しさが保たれることが実証されました。この交雑種は、極粉質から粘質へと変化しながら7ヶ月間という長期にわたって利用できることから、「冬粉粘」と呼ぶことにしました。

 「冬粉粘」は冬の貯蔵野菜として春まで利用できる貴重な自給野菜になりました。カボチャは自生しやすいので、春に残った果実を土に埋めておくと5月の連休過ぎに自然生えしてきます。土に埋めた「冬粉粘」の次世代からは色々な果形、果色、食味のカボチャが出てきており、この中から新しい味のカボチャを選び出すのも楽しみの一つです。

 ところで、メス親にした極粉質系のカボチャは、1990年に東北各地から収集した在来種を栽培していた畑で発見した自生カボチャが元になっています。畑の隅で一株だけ自生しており、灰緑色紡錘形(はいりょくしょくぼうすいけい)の果実は、栽培していた在来種の外観とはまったく異なり、自然交雑したものと思われます。このカボチャを12月に食味調査のため小さく切って蒸してみると、果肉のほとんどがホクホクした粉ふきになり、すばらしい極粉質のカボチャでした。しかも収穫後4ヶ月ほど経っても粉質性が低下していないのに驚きましたが、カボチャ臭が強かったため10年程選抜を重ねました。しかし、カボチャ臭はなかなか抜けず諦めかけていたとき、干ばつで果実がほとんど着果しない年に、僅かに収穫できたカボチャの中に、この極粉質系の自然交雑した果実が混じっていたのです。貴重なカボチャでしたのでさっそく試食してみたところ、カボチャ臭が抜けて栗風味の美味しいカボチャにガラッと変わっており、これにはさすがに驚きました。しかも、自然交雑したにもかかわらず数年で形質が揃い、固定したのです。何か狐につままれたような気分でした。

 このようにして「冬粉粘」の育成に関わってきたカボチャたちをみていると、信州の厳しい冬を乗り切るために自然交雑を重ねて適応性を高めつつ、栽培者(私)の好みに合わせたように変異してきたカボチャたちに、子孫を残そうとする彼らの強い意志のようなものを感じることができます。
 

 
 

4. ピーマン「自生立性P系」の育成

 ピーマンの草型には、立性と開帳性があります。特性として、「立性」は枝が直立に伸び、栄養成長が盛んに進み、実の太りは緩やかで、少肥条件でバランスよく生育します。「開帳性」は枝が横に広がり生殖成長に進みやすく、実の太りが早く、多肥条件でバランスよく生育します。無施肥、不耕起に適する品種を育成するために、F1品種「京ひかり」(タキイ)の後代から立性系と開帳性系を選抜し、それらの果実を痩せた畑の土に埋めて自生するかどうか確かめてみました。その結果、両系統とも自然生えしてきましたが、開帳性系は生育が遅くタネを着けることができませんでした。一方、立性系は順調に生育して着果も良く、早く熟した株からタネを採種することができました。この痩せ地に適応した自生立性系を自然育種園の自給野菜として栽培しながら、病気に強い系統を選抜しました。

 一般的にピーマンはモザイク病に弱く、畑で自生しているピーマンにもモザイク病罹病株がよく見られますが、その病状が軽いことに気づきました。自生ピーマンは群生して生育するため、お互いに個体間で交配するチャンスが多く、そのため遺伝的多様性が保たれて、病気に対する圃場抵抗性のようなものが働いているのではないかと考えました。

 そこで前回「「野菜が自由に育つと個性が現れる」」で紹介したように、苗団子にした苗を間引かずにそのまま定植し、自生しているピーマンのように群生させることにしました。その中から最も強勢でモザイク病の少ない集団を選抜し、その中で熟した果実を混合して採種します。これを集団選抜と呼びます。一株ずつ植えて、その中から優良個体を選抜する個体選抜から集団選抜に切り替えてから、モザイク病が減少して揃いも良くなってきたので「自生立性P系」という系統名を付けました。この系統は、果実が縦長で少しシワがあり、果揃い良く、開花しながら枝を次々と発生させゆっくり太るので、霜が降りるまで長く収穫できます。10月下旬の最後に収穫した果実は日持ちが良く、12月頃まで保存できてとても重宝しています。
 

  • 立性ピーマンの草姿

 
 

5.共に育つ自然育種園

 一般的には、自然交雑や自生野菜が注目されることはなかなかありません。自然交雑とは、人の手を介さずに他の個体からの花粉を受粉して受精することです。自家採種をする人にとっては、近くに異品種があると他の花粉と受精して特性が変わる恐れがあり、自然交雑は嫌われます。また、道端や畑の隅で自生する野菜は、雑草に埋もれて見過ごされます。しかし、自生野菜の強さは遺伝的多様性の豊かさにあり、適応していくために必要なことだと思います。形質の揃いを重要視する育種では遺伝的多様性を生かすことが難しいですが、自然育種園では自生野菜やその自然交雑個体が育種素材になったり、母本の選び方の手本になったりして、私の育種(系統や品種の育成)に大きく貢献しています。

 自然育種園は耕さず、適度に除草、草刈りをするので、自生野菜にとってはタネを残すのに最適な環境と思われます。自生野菜から育種に適する個体が出現する確率はごく稀ですが、驚きや感動を与えてくれる自生野菜に出会ったとき、野菜と人間の共同育種が始まります。野菜を自生させてみると、スイッチが入ったように何かが変わります。おそらく、野菜自身が人間に頼らず子孫を残そうと、ひとり立ちを決めたのではないか、そのために栽培者の好みに合わせて変異したり、自然交雑してパワーアップしたりするのではないかと、私は勝手に思い込んでいます。

 機械やプラスチック資材に頼らず無施肥、不耕起、草生で栽培する自然育種園では、一人の力だけで野菜を育てることはなかなかできません。様々な生き物のはたらきで土が耕され肥やされています。畑で育った牧草や雑草、野菜残渣などの有機物が溝の中で腐植土となって畝に戻ります。この有機物の循環の中に自生野菜も加わろうとしており、その力を育種に生かしていけば、雑草のように自立して生育する野菜を育成できるのではないか。野菜は人間と長く付き合ってきた植物であり、人間の気持をよく理解している友だと思っています。一般的には育成した野菜の系統や品種に名前をつけてひとくくりにしますが、その中の一つ一つの個体にはそれぞれ個性があり、世代が変わると個性も変わります。母本を選ぶときは、次世代のことをよく考え、新しい出会いを楽しみにして選ぶようにしています。

 

第1回 自然育種園と歩む喜び
第2回 無施肥・不耕起の草生栽培
第3回 自然が苗を育ててくれる
第4回 野菜が自由に育つと個性が現れる
第5回 野菜は自生、交雑によって進化する
第6回 2023年夏の猛暑を乗り越えた野菜たち

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