公益財団法人 自然農法国際研究開発センター 公益財団法人 自然農法国際研究開発センター

③「自然のタネ」の現在と未来

国内唯一の有機栽培向け品種育成は今後も変わる!

自然農法センターのタネは、耕耘は最小限、低栄養状態、通路部分は全て草、という独特の環境で育成されていますが、今後はどのような展開があるのでしょうか。「自然のタネ」の大半を育成し、定年退職後も育種や種子生産を続けられている中川原敏雄さんに、その想いを伺いました。

①「自然のタネ」誕生秘話
②「自然のタネ」育成で大事にしてきたこと
③「自然のタネ」の現在と未来

中川原敏雄さん 「自然のタネ」の大半を育成した中川原敏雄さん

概要
1. 最近感じる、植物の神秘性
2. 自然生え育種の実際
3. これからの育種観

1.最近感じる、植物の神秘性

聞き手 現在はどのような品目を育成しようとしているのでしょう?

中川原さん キュウリやカボチャもやっているけれど、他にピーマン、ナス、トマト、ニンジン、キャベツ、インゲン、メロン、スイカ・・・

聞き手 そんなにやっているのですか!これから新しい品種になりそうなものを紹介してもらえますか?

中川原さん 畑では、前年の栽培でこぼれたタネから発芽してきたものは野性的な力があるのではないか?という考えで、可能な限り残して自生させるように栽培していて。すると、タネを採ってくれというような顔をしたものが時々出てくるんだよね。

聞き手 確かに畑を見渡すと、カボチャの間からミニトマトが生えてきていたり、スイカの間からナスやピーマンが生えてきていますね。

中川原さん そんな中にキュウリのバテシラズ系の血を引いていると思われる、何年も私の畑で自生したものがあって。毎年同じ場所から生えてきて、タネを落としているんだけれど。ある年にそこから一株だけ突然違うのが現れたから、そこからタネを採って翌年蒔いてみたら、びっくりした。

聞き手 中川原さんの育種はびっくりが多くて楽しそうですね。今回はどんなことが起きたのでしょう?

中川原さん 草姿はバテシラズ系に似ているんだけれど、実がてかてか光っていて、味も甘くてやわらかくて。なんでこんなのが出たのか、と驚いた。「てかてかキュウリ」と呼んでいるんだけれど。

17_自生極上キュウリ(ナス畝) 輝くキュウリ 最初は「ギラギラキュウリ」と呼んでいたとか

聞き手 見た目も味もびっくりだったのですね。

中川原さん 自然に生えてくる強い野菜は、生育に有利な方向に、ごつくなるとか、味が悪くなるとか、野性的になることが多いのに、全然違ったからびっくり。カボチャでも似た現象が起きていて検証中なんだけれど、これがいい方向にあれば、植物には何らかの意思があると言えるのかなと。

聞き手 植物の意思、ですか・・・???

中川原さん これをあまり言うと変に思われるけれど、植物がこう人間にとって都合よく変わってくるのは何なのか、混乱していて。偶然とは思えない、何かあるんじゃないかなと。美味しい方に変異したのをどう説明したらいいのか?

聞き手 人間にとって美味しくなっても植物が生きていく上でいいことはないかもしれませんね。

中川原さん いや、タネを残すために必要だからかな!?と。ここで植物がタネを残すには、私に拾ってもらえればよくて、必ずしも強くなる必要はなくて。それで変異しているんじゃないかな?そんなわけないか?でも・・・と思えるくらい、不思議で、混乱しているんだよね。

聞き手 確かに、中川原さんに気に入って貰えればタネは残りますね。それを植物が理解して生存戦略を変更していたら・・・。科学者は単なる偶然とか、中川原さんが変異により気づくようになっただけとか言って終わりでしょうけれど。

中川原さん それ以上の何かがあると思ってしまうくらい、不思議なことが起こってきている。植物が環境に応じて変われる幅が広いことを、タネに教わった気がして。

聞き手 「てかてかキュウリ」は商品化できそうなのでしょうか?

中川原さん このキュウリは短めだし、樹が疲れてくると実のお尻が膨らむから、形がよくないな、と思っていたけれど、よく見ればタネがいっぱい入っている。そして美味しい。これからのキュウリは尻っぷくれでもいいんじゃないかなと思って、掛け合わせを考えているところなんだよね。

聞き手 袋に入れづらいとも言われそうですが(笑)。

中川原さん キュウリの常識を変えよう、と。味が良ければいい。これは皮の口当たりが優しい感じ。まずはこうやって出てきたキュウリを誉めてあげないといけない。よくぞやったと。

聞き手 まるで植物と会話ができているみたいですね。実際にそんな感覚になった時はありますか?

中川原さん 「てかてかキュウリ」を初めて見たとき「どうだー!」と言われた気がして。ドヤ顔で。あれはとにかくびっくりした。実がつくまではその辺の樹と同じだったのに、実がピカピカで短くって。長いキュウリが多い中で、なんなんだろうねぇ。偶然なのだろうけれど。これまでもあったのかもしれないけれど、気が付かなかった。

聞き手 てかてかキュウリの今後、楽しみですね。

てかてかキュウリ キュウリのドヤ顔(に見える中川原さんの感性が面白い)

2.自然生え育種の実際

中川原さん こういうのは不耕起で栽培をしているから出てきた。普通なら耕されて終わりだからね。

聞き手 こういった自生してきたものから品種になる確率ってどのくらいですか?

中川原さん 実際はあまりない。畑からはいっぱい出てくるんだけれどね。これはもっとちゃんと研究すればいいのかもしれない。これは自生系のインゲン。鞘を食べるタイプなんだけれど、軟らかいし甘い。ニンジンも自生させたら形がより良いのが出てきた。ほかにもタネが小さく甘い中玉スイカ、霜が降りるまで成り続ける中長ピーマン、ロケット型で裂果に強い中玉トマト・・・・。どれも品種になるまではもう少し時間がかかりそうなんだけれどね。

聞き手 自生していたらいいわけではないのですね。数少ない「いいもの」を見分けるポイントはあるのでしょうか?

中川原さん 同じ系統を毎年見ていると、ある時突然変わって「凄いな」とわかる。

聞き手 なるほど・・・植物を観る力や経験・時間・根気が必要、とまとめさせていただきます。

中川原さん あとは他のところでも沢山紹介しているけれど、自然生え育種。完熟した果実ごと土に埋めて、そこから芽を出させて、共育ちさせて、競争させる栽培方法だと、いいものが選びやすいんじゃないかなぁと。

  • 自然生えピーマン

聞き手 あれ、芽がぶわっと何十株も生えてきて、そこからどうしたらいいか分からないと思うんですけれど、詳しく教えていただけますか?

中川原さん まず養分を少なくすること。養分が多いと、勢い良く育った後、共倒れになっちゃってタネが採れない。ゆっくりじっくり育てる。

聞き手 すると外に根が張れる端っこの株が有利な気がしますが、どうでしょう?

中川原さん 実際は逆が多い。自然生えは一般の生育適温より早く、霜がまだ降りる低い温度で発芽してくるんだよね。厳しい環境ほど個体差が出やすいんだけれど、暖かい中の方から伸びてくることが多い。でも基本的に厳しい環境だから、ひょろひょろと徒長はしないね。

聞き手 周囲は犠牲になりやすいんですね。内側にもすごい数の個体がいるから、選抜には困らないのでしょうけれど。

中川原さん 種類によっても育ち方は違って、トマトは枝からも根が出るから、いかに早く多くの枝を出せるかで競争していて、3~4株くらいが他を抑えちゃう。ところがピーマンは逆で、根の張りがもともと遅いから、一緒に育って、広がっていく。ピーマンは果実のなり始めも遅いから、きっと集団じゃないと雑草が入ってきてしまう。弱い生きものが群れで助け合って生活するのと同じじゃないかな。ナスは中間的で、最初は同じなんだけれど、複数個の果実を埋めておけば、早い、遅い、中間の3つのグループに分けられるような感じになる。だから、それぞれ集団の姿が全然違うんだよね。あとは自然生えのナスもピーマンも果実をあまりつけない。一株につきナスは1~2個、ピーマンは3~4個。でも、どの株にも全部実をつけていて、集団で面で制圧している感じになる。

聞き手 ピーマンが共同生活で群集を保っていたとすると、そこからどうやって選ぶのでしょう?

中川原さん 果実の数や形・味で、数が多い個体を選ぶんだけれど、それよりまずは集団を選ぶ。集団で競争しているからね。集団としても早ければ、生育ステージも早く進んで、タネをつける確率が高くなるんだろうね。

聞き手 家系を選ぶんですね。でも、早生っぽくはならないから不思議ですね。

中川原さん 生育は霜が降りるまでみて判断するからね。あとトマトは集団というより個体が目立ってくる。数株がボスになって枝を伸ばして、何十個も実をつける。で、最終的な結果は、次年度にどれだけそこから芽を出させられたか。タネも採るけれど、こぼれタネから自然生えした数が多いのがいい。

聞き手 根張りを選ぶ感覚ってのはどうなのでしょう?

中川原さん 根張りと言っても、実際の根の張りは見ていないの(笑)。ただ、こうやって選ばれてきたのは、根張りは強いだろうと。分からないから想像するしかない。ただ、最後まで実をつけられたのは、根張りが良くて、途中でやめたとか遅くなったのは、根張りがイマイチと判断してるね。

21_自生メロン(ピーマン畝)ピーマン畝に自生するメロン

聞き手 根張りは地上部から想像する総合的な強さの比喩ですね。相田みつをさんも「根はみえねんだなあ」と言ってますが、やはり見えないですね。

中川原さん あと、アブラムシは育種の助手だと思っていて、根張りの弱いものにたかりやすい。市販のキュウリやメロンはアブラムシがつきやすいけれど、根張りの強いものを選抜していくと、付きにくくなるからね。

聞き手 虫の知らせ、ってやつですね。

中川原さん とにかくこの方法だと畑の面積が狭くても株数は増えるから、小さい育種にはいいと思う。定年退職後の今でも私が一人で育種ができるのは、この方式のおかげ。

聞き手 トマトの「自生え大玉」や「自生えピーマン」みたいな品種も、こうして育成されてきたのでしょうか?

中川原さん 今とは少し違うけれど、昔の自然生え育種でね。「自生え大玉」は私の家庭菜園から自然生えしてきた品種不明の数集団のトマトが元なんだけれど、最も勢力のある集団とその中のリーダー的株を選んでは自然生えさせて、最終的に特徴のある2系統を選んで、着果の良い方を雌株、旨味のある方を雄株にして交配させたF2世代なんだよね。

自生え大玉力強いトマト「自生え大玉」

聞き手 F1じゃなくて、その次のF2世代なんですか!?

中川原さん もともと親戚同士の組み合わせみたいなものだから極端にはバラけないし、F2なら適度にバラけてその中から好みの株を選ぶことができるからね。「自生えピーマン」は4世代目まで進めていて果実は揃っているけれど、これも適度な雑種性を保たせてる。どちらも一般的には品種と言えるものではないかもしれなくて、自家採種素材という位置づけなんだけれど。

3.これからの育種観

中川原さん 宮脇昭さんの言葉「競争・共存・我慢」を参考に、自分でも、植物が何をやっているのか、育種に大事なところは何かと考えてみたんだよね。まず、野菜と雑草が競争していたら、草を抜きたくなるけれど、「見守り」が大事かなと。自然生えで、ゴソっと生えていたら皆「間引くんですか?」と聞くけれど、そうじゃなくて、「尊重」する。あとは「辛抱」。その先にいいものがあることを期待して耐える。どうかな?

聞き手 見守り・尊重・辛抱、ですか。

中川原さん 間引きしたり、部屋が汚いから掃除したり、じゃなくて、雑然の中にも必要なものがある、と。でも実際は全く草を取らないんじゃなくて、交通整理をしながら、見守る。ここが自然に対する人間の難しさで、どこで妥協するか。畑は自然じゃないから、ある程度の交通整理は必要だからね。

20_自生ナスとマリーゴールド(大豆畝)ダイズ畝に自生し見守られてきたナスとマリーゴールド

聞き手 一般的な栽培管理と比べてもう少し、見守り・尊重・辛抱、ってことですね。1歳くらいの子どもがフォークを持っていたら、危ないからとすぐ取り上げるんじゃなくて、まずは見守って、子どもの興味を尊重して、成長のためだと辛抱しつつ、ホントに危なそうなら取り上げる、みたいな感じですね。

中川原さん 見守りは難しいよね。戒めとして大事にはするけれど、実際は見守っちゃいない。しかしそれに追われてしまうと、大事なところを見失ってしまうから、頭のどこかに置きながらやる。人間が主役になると、いいものにならないからね。昔に書いた「植物と人間による共同育種」もそういう意図で、お互いを尊重していくべきだと。

聞き手 自然農法の理念「自然尊重・規範・順応」に似てきましたね。

中川原さん あとは別の視点では多様性。F1か固定種か、じゃなくて、多様性を持ったタネという方向になればいいかなと。その方が適応力が増すし、それが自然なんだと。多様性を持ったものは、純系とは違うからね。うちのF1はある程度多様性を含んだ固定種間の雑種みたいなもので、一般的な純系交雑のF1とはずいぶん違う。

聞き手 うちのタネは育成目標も違いますよね、少肥でもよく育つことや味の深さに重きを置いているのと、一般品種は収量や揃い性、単純な甘さとかに重きを置いているという点で。

中川原さん 固定種は純系的なものもあるけれど、基本的には集団的な雑種性の強さを持った集団。自然界で立ち行かない場合は自然交雑が働いて変わっていくけれど、これがなぜ起こるかを考えていかなければならない。交雑して発展した方が農家にもいいし、タネにとってもいいと思う。新しい血が入ってきて、新しい集団に変われるのだからね。

聞き手 進化論には「赤の女王仮説」というのがあって、「その場にとどまるためには、走り続けなければならない」。これは一見矛盾しているんだけれど、生き残るには、進化し続けなければならない。今いる生きものはこれまでも進化してきたし、これからも進化していくものが生き残る、と。

中川原さん タネは変わりたい。そのくらいホラ吹かないと(笑)。その意味では伝統野菜の保全もそれでいいのか、考えてしまうよね。昔はしょっちゅう外の血をいれて、良いもの良いものに変えてきていて、それが自然なのに。環境は変化していて、それに合わせるように血を入れてきた歴史的つながりをもっと見るべきかなと。

聞き手 確かに。でも血を入れて変えて揃えるのは腕が必要でしょうし、そこまで急展開すると、多くの方は付いてこられないか、痛い目に合ってしまうかもしれませんが・・・。

中川原さん まずは品種の個性じゃなくて、「タネの個性」と付き合うといいのかなと。柴犬ではなく、個々のワンちゃんと付き合うような楽しみ。植物は動物と違って、1~2年で次の世代になるんだけれど、何故か同じだと見てしまう。犬なら親と子では違うと分かるのに。そのつながりを、もっと楽しむといいんじゃないかな。

18_自生キュウリ栽培ナス、ピーマンと自生キュウリが共育ち

聞き手 ワンちゃんは中川原さんの恩師ですね。しかしその意味では、野菜は生きものとして見られていないのかもしれませんね。モノ、商品になってしまっているというか。

中川原さん 共生(きょうせい)はその時間を共にしているつながりだけれど、仏教にある言葉、「共生き(ともいき)」は世代間のつながりを意識したもの。その意味で野菜のタネ採りは「共生き」なんだよね。

聞き手 タネを採り続けると変わっていくけれど、それも家系の「共生き」なんだと。でも、種苗交換会で特性がバラバラのタネが出てきて「うちの家系だ!」と言われても困っちゃいそうですが。

中川原さん バラバラなタネの言い訳ではなくて、世が変われば、それに適応できる偉人が出られるような可能性を保って、備えておく感覚だね。

聞き手 ある程度は揃っている前提で、ということですね。目先の話なら、温暖化や集中豪雨にも適応していけるように、というイメージでしょうか。「野菜に助けられた」が口癖の中川原さんが、野菜とどう向き合って育種されていて、今後はどんな想いの詰まった品種ができそうなのか、よく分かりました。ありがとうございました。

  • 日だまりで育苗中のトマトと、育種を導いてくれた(!?)愛犬。

インタビュー:2018年7月・12月
聞き手・文責:大久保慎二

①「自然のタネ」誕生秘話
②「自然のタネ」育成で大事にしてきたこと
③「自然のタネ」の現在と未来

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